「文春ONLINE」患者一人ひとりの病態に応じて脊椎脊髄の治療と低侵襲手術に努める

2020年12月23日

【WEB冒頭文】

脊椎脊髄の疾患は、保存療法だけでは神経の損傷が進んでしまうこともある。平和病院・横浜脊椎脊髄病センターの田村睦弘センター長は患者個々の症例を見極め、ベスト・タイミングで様々な術式の低侵襲の手術に努める。その詳細を聞く。

 脊柱管には、脳と末梢をつなぐ「脊髄や馬尾神経」が通っており、脊椎の異常で神経が圧迫・刺激されると、その部位によって、首や腰の痛み、肩や上肢、臀部(でんぶ)、下肢の疼痛、痺れ、麻痺など辛い症状が現れる。

「当センターでは脊椎脊髄疾患治療のために、薬物療法、運動療法、神経ブロック治療などの保存療法を始め、内視鏡や顕微鏡を含むさまざまな手術を提供しています」と語るのは平和病院副院長で横浜脊椎脊髄病センター長の田村睦弘医師だ。1995年に整形外科医としてキャリアをスタートして以来、常に臨床の現場に接し続け、これまでの約25年間(95~2020年)で手術症例は1万件に及ぶスペシャリストである。


左から石井文久医師、野中康臣医師、田村睦弘医師、加藤建医師、川上甲太郎医師。

【掲載記事抜粋】

 手術のモットーは「患者さまのために、本当に必要な手術だけを厳選すること」だという。

 たとえば坐骨神経痛の原因として知られる「腰椎椎間板ヘルニア」は、まず神経の炎症を鎮める薬の服用やブロック治療、症例によっては、椎間板ヘルニアを分解する酵素「ヘルニコア」の局所注入が行われる。

「手術対象となるのは、保存療法を続けても効果のない方と、神経の圧迫で排尿・排便障害や足先の麻痺を発症した方。手術の適応を正しく見極めて、低侵襲な内視鏡下手術『内視鏡下椎間板切除術(MED)』または『経皮的内視鏡下椎間板切除術(PED)』を行います」

 MEDは背中を20mmほど切開し、直径16mmの金属製の筒を挿入。そこから内視鏡と器具を入れて、ヘルニアを切除する。 PEDは直径8mmの極細内視鏡で、ヘルニアの位置によっては椎骨の隙間から挿入可能だ。

「当院では12mmの中間サイズの内視鏡による手術も行っています。ヘルニアの性質、位置、大きさに応じて3種類の内視鏡を使い分けます。切開手術と比べれば、創口が小さく出血と痛みが最小限に抑えられます」

腰椎椎間板ヘルニアの内視鏡下手術。脊椎に小さな穴を開け細い金属の筒を入れて、内視鏡(カメラ)と手術器具を挿入。モニター画面を見ながら切除術を行う。筒のサイズは8・12・16mmの3タイプがあり、病態に合わせてセレクトする。

 同センターでは「腰部脊柱管狭窄症」の手術も内視鏡下で行う。脊柱管狭窄は加齢などで椎間板や椎骨、靭帯が変性・肥厚し、脊柱管が狭くなって神経を圧迫する疾患。腰痛に加え、足が痛んで休み休みしか歩けない間歇跛行(かんけつはこう)を発症する。

「MRIなどの画像診断で、狭窄部位が複数見つかる例が多く、まず症状の原因となる患部を特定するため、麻酔薬とステロイドを硬膜外や神経根に注入する『ブロック治療』を行います。これで炎症が治まり、手術が不要になるケースも少なくありません」

 手術を要する場合も、可能な限り特定した患部のみを狙い、低侵襲に徹する。脊柱管に内視鏡でアプローチし、骨棘や肥厚した靭帯、椎弓の一部を切除する「除圧術」を行う。

「狭窄部位が離れた場所に複数ある場合、それぞれの場所に内視鏡下の手術を行うと、かえって時間や体の負担がかかるため、従来通り切開し直視下で手術をすることもあります。全身麻酔を1時間以内、手術を30分以内など、短時間で手術を終わらせたい超高齢者や重篤な基礎疾患のある方にも、切開手術の方が“より低侵襲”と判断しています」。同センターでは、患者さんの状態に応じて体に負担のかからない最適な方法を検討し、手術を行う。

 病態に合わせ多様な手術手技を提供

 椎骨がぐらついて狭窄や腰痛の原因となる場合は、椎骨を、ネジとロッド(細長い棒)で固定して安定させる「固定術」を検討する。

「腰椎変性すべり症や腰椎変性側弯症では脊椎の矯正を行います。傷んだ椎間板を取り除き、代わりに自分の骨や人工骨を詰めたインプラントを挿入し、椎骨を正常な位置に矯正し固定。歪みを治します。 MIS-TLIF (低侵襲腰椎後方椎体間固定術)が代表的な術式です」

 後方から除圧しない術式として、脇腹またはやや前側から脊椎にアプローチするXLIF (側方腰椎椎体間固定術)とOLIF (前側方腰椎椎体間固定術)がある。

「腹部の内臓や血管を避け、組織を巧みに広げる開創器が開発され、レントゲン透視下で安全に実施できるようになりました。この矯正を行うことで症状が改善し、後方からの除圧術が不要な方もかなりいらっしゃいます」

 一方、脊椎の変形やすべりがあっても、除圧のみで治癒する例も多々あるという。あえて固定は行なわず、根治を目指す。患者にとって適切な治療を見極める“的確な眼”こそ田村医師の真骨頂だ。

「近年多い椎骨の圧迫骨折には、医療用セメントを患部に注入する『椎体形成術(BKP)』を行います。圧迫骨折の長期にわたる頑固な疼痛が、セメント治療により劇的に改善されます」。画像検査で椎体に骨折部が存在すれば、セメント治療の適応があるということだ。

 また、「頸椎椎間板ヘルニア」や「頸椎症性脊髄症」など頸椎疾患に取り組んでいるのも同センターの特徴だ。

「頸椎疾患は進行に個人差が大きいので、手術のタイミングを図ることが肝心です。首の前からアプローチする頸椎前方除圧手術や、後方からの椎弓形成術などがあり、その判断はとても重要です。私は患部の状態と神経組織をクリアに把握できる顕微鏡下手術を積極的に採用しています」

頸椎の顕微鏡下手術を行う田村医師。手術部位の上部には、2カ所に接眼レンズが設けてあり、助手と視野を共有する。クリアな照明の下、大きく拡大した立体的な視野が得られる。細かい神経組織の手術を極力安全に行うことが可能である。

 患者一人ひとりのベストを考えた治療で、地域の病院や整形外科クリニック、ペインクリニックからの信頼も厚く、患者紹介も多い。遠方からも患者が訪れるという。首、腰のトラブルを抱える方のセカンドオピニオンにも積極的に応えてくれるはずだ。